
スメルハラスメントは加害者も辛い
職場でにおいに関する相談が出たとき、対応は想像以上に繊細です。香水、柔軟剤、整髪料、たばこ、汗、加齢に伴うにおい、昼食や飲み物のにおいなど、きっかけはさまざまです。本人に悪意がなくても、周囲には頭痛、吐き気、集中力低下、来客対応への不安として表れることがあります。このように、においによって職場の快適さや健康、業務遂行に影響が出る問題は、一般にスメルハラスメント、略してスメハラと呼ばれることがあります。
ただし、スメルハラスメントという言葉には注意が必要です。においは目に見えず、人によって感じ方が大きく違います。さらに、香水や柔軟剤のように使用量を調整しやすいものもあれば、体臭のように体質、年齢、病気、服薬、ストレス、生活環境が関係し、本人が努力しても完全には消せないものもあります。会社が最初から誰かを加害者と決めつけると、相談者の苦痛も、行為者とされる人の尊厳も守れなくなります。
実際に、五十代の社員から、体臭がきついと言われてつらい、朝もシャワーを浴びてきているし、制汗剤も衣類の洗濯も通院相談もできることはすべてしている、それでもまた言われるのが怖い、という声が出ることがあります。この場合、周囲のつらさを軽く扱ってはいけません。同時に、本人をそれだけで悪者にする対応も適切ではありません。本人は毎朝、出社前から緊張し、近くを人が通るだけで傷つき、過度に洗いすぎて皮膚を痛めることさえあります。
この記事では、スメルハラスメントの基本、苦情で多い香水と柔軟剤、体臭相談の難しさ、相談者と行為者双方へのフォロー、そして職場全体で話し合える雰囲気づくりを整理します。法律上の評価や安全配慮義務の判断は個別事情によって変わるため、ここでは断定ではなく、企業の人事、管理職、相談窓口が初動で使える実務の観点としてお読みください。
会社にとって大切なのは、においの有無を一度で判定することではなく、困りごとを安心して出せる経路を作ることです。においの感じ方には個人差がありますが、相談が出た事実には意味があります。一方で、指摘された人が職場にいづらくなり、過度な自己管理に追い込まれることもあります。初動では、相談者、本人、周囲の三者を同時に守る視点を持つことが、感情的な対立を防ぎます。
においの苦情で多いのは香水と柔軟剤
スメルハラスメントの相談で多いのは、強い香水と柔軟剤の香りです。本人は清潔感や身だしなみのつもりでも、周囲には逃げ場のない刺激として受け止められることがあります。特に狭い執務室、車移動、会議室、受付、休憩室では、香りが長く残りやすくなります。

現場で起きやすい例
たとえば、営業担当者が毎朝しっかり香水をつけて出社し、隣席の社員が頭痛を訴えるケースがあります。本人はお客様に失礼のないようにという気持ちで使っていますが、席に着くと周囲に香りが広がり、隣席の社員は午前中の集中が難しくなります。別の例では、柔軟剤の香りが強い制服や作業着を着た社員が更衣室を使い、後から入る人が気分の悪さを訴えることがあります。香りが好きか嫌いかという好みの問題に見えても、実際には体調や業務効率に関わることがあります。
伝えるときの言葉の型
管理職が本人に伝えるときは、人格や清潔感を否定する言葉を避けます。使いやすい表現は、「身だしなみへの配慮として使っていることは理解しています。そのうえで、職場内で香りによる体調不良の相談が出ています。会社として、香りが残りにくい量や無香料の選択をお願いしたいです」という型です。「くさい」「迷惑です」と言うのではなく、「香りが強く残っている」「体調への影響を訴える人がいる」「職場として調整したい」と分けて伝えます。全体周知では、「香水や柔軟剤は控えめにしましょう」だけでなく、「閉鎖空間や長時間同じ席で働く人への配慮として、強い香りを避ける」と理由を添えると受け止められやすくなります。
記録と相談のポイント
記録では、誰が苦情を言ったかだけでなく、いつ、どの場所で、どの程度続き、どのような影響が出たのかを残します。においの発生源が確実でない段階では、個人名を決め打ちしないことも大切です。相談者には、体調不良の有無、席替えや換気で軽くなるか、特定の時間帯や場所に偏るかを確認します。本人に伝える前に、職場全体のルールとして香りへの配慮を周知できる場合もあります。注意点は、公開の場で指摘しないことです。朝礼で特定の人に向けたように注意したり、周囲が本人を避ける雰囲気を作ったりすると、問題の解決よりも人間関係の悪化が進みます。
実務上の注意
香水や柔軟剤は、本人が調整しやすい一方で、好みや価値観と結びつきやすい領域です。強く言いすぎると、「身だしなみまで管理されるのか」と反発が出ることがあります。会社としては、香りを完全に禁止するのか、控えめな使用を求めるのか、接客部門や密閉空間だけ基準を厳しくするのかを整理しておく必要があります。相談者にも、会社ができる調整とできない調整を説明します。すべてのにおいをゼロにすることは難しいため、換気、座席、勤務場所、物品選定、周知文の見直しを組み合わせることが現実的です。
管理職が迷う場合は、まず個人面談よりも全体周知から始める方法があります。たとえば、季節の変わり目や制服更新のタイミングで、香りの強い製品への配慮を全社員に案内します。その後も相談が続く場合に、個別面談へ進みます。この順番にすると、本人だけが狙われたと感じにくく、相談者にも会社が動いていることを示せます。
体臭の相談は本人の尊厳と健康に配慮する
体臭に関する相談は、香水や柔軟剤よりさらに慎重な対応が必要です。本人の努力だけでは解決しきれない場合があり、年齢、体質、病気、薬、ストレス、介護や家庭事情が関係することもあります。だからこそ、会社は相談者のつらさを受け止めながら、本人の尊厳を傷つけない進め方を選ぶ必要があります。

五十代社員のつらさが見えるケース
ある五十代の社員が、周囲から体臭が気になると言われたとします。本人は朝にシャワーを浴び、肌着を替え、制汗剤を使い、衣類の洗濯方法も見直しています。食事や睡眠も気をつけ、必要に応じて医療機関への相談も考えています。それでも、近くの席の人から「またにおう」と言われる。本人は、もうやれることは全部やっています、それでも言われるのが本当に辛いです、と訴えます。このような場面で、会社が「周りが困っているから何とかしてください」とだけ伝えると、本人は出口のない責めを受けたように感じます。
本人への言葉の型
面談では、「あなたを責めるための話ではありません。職場でにおいに関する相談があり、会社として事実と対応を一緒に整理したいです」と始めます。そのうえで、「すでに取り組んでいることがあれば教えてください」「会社として調整できることがあるか確認します」「体調や治療に関する詳しい内容は、必要な範囲で産業保健スタッフや専門家と相談しながら扱います」と伝えます。本人が努力している場合は、「取り組みをしていることは記録に残します」と明確に伝えることが重要です。本人の努力を見ないまま追加の努力だけ求めると、精神的な負担が一気に増えます。
記録と相談のポイント
記録では、相談者の訴え、本人への伝え方、本人がすでに行っている対策、会社が提案した調整、今後の確認日を分けて残します。医療情報に踏み込む場合は、本人の同意や情報の取扱いに注意します。管理職だけで抱えず、人事、産業医、保健師、社会保険労務士、弁護士などに相談する選択肢もあります。ただし、会社が医学的な診断を決めつける必要はありません。実務で見るべきなのは、職場でどのような影響が出ているか、本人に無理のない調整があるか、周囲への配慮と本人の尊厳をどう両立するかです。
実務上の注意
体臭の問題では、言葉の暴力が起きやすくなります。会社は、本人の努力を確認するときにも、一覧表を突きつけるような面談にしないことが大切です。清潔行動を細かく点検されると、本人は尊厳を奪われたように感じます。確認する場合は、本人が話せる範囲で、すでに行っていること、負担が大きいこと、会社側で変えられることを分けて聞きます。周囲が本人に直接「くさい」と言う、机に消臭剤を置く、本人が席を外したときに話題にする、といった行動は、本人を深く傷つけます。会社は、相談者に対しても、本人への直接指摘や噂話を避け、窓口に集約するよう伝えます。本人に対しては、できないことまで約束させないことが大切です。においを完全になくす保証を求めるのではなく、勤務環境の調整、体調確認、周囲の接し方、継続的なフォローを組み合わせます。行為者と呼ばれる立場の人にも、眠れない、出社が怖い、人と近づけないという精神的負担があることを忘れてはいけません。
被害を訴える人への初動と職場の調整
スメルハラスメントでは、においを訴える側の苦痛も軽く扱ってはいけません。体調不良や集中力低下が出ている場合、我慢を求めるだけでは職場環境の問題が悪化します。会社は、誰かを責める前に、まず困っている人の状態と業務への影響を具体的に確認します。

相談者が言い出しにくいケース
たとえば、柔軟剤の香りで頭痛が出る社員が、周囲に気を使って数か月黙っていたとします。相手が同じチームの先輩で、普段は親切にしてくれる人であれば、なおさら言い出しにくくなります。会議室に入ると気分が悪くなる、車移動で逃げ場がない、隣席で一日中つらいという状態でも、「においの感じ方は自分だけかもしれない」「相手を傷つけたくない」と考え、相談が遅れることがあります。会社が「それくらい我慢して」と返すと、相談者は次から声を上げなくなります。
相談を受ける言葉の型
相談窓口や管理職は、「話してくれてありがとうございます。においの感じ方には個人差がありますが、体調や業務に影響しているなら一緒に整理します」と受け止めます。続けて、「いつ、どこで、どのような症状や困りごとが出ますか」「席替え、換気、勤務場所の調整で軽くなる可能性はありますか」「相手に直接伝える前に、会社として全体周知や環境調整を検討します」と確認します。相談者の目的が、相手を処分してほしいのか、距離を取りたいのか、全体ルールを作ってほしいのかによって初動は変わります。
記録と相談のポイント
記録には、相談日時、相談者の希望、具体的な場所、頻度、体調への影響、業務への影響、すでに試した対策を残します。においの強さを客観的に測ることは難しいため、複数の情報を集めます。周囲にも同様の困りごとがあるのか、換気設備や席の配置に問題がないか、香りの強い備品を会社が置いていないかも確認します。必要に応じて、産業医や保健師に相談し、体調不良への配慮を検討します。注意点は、相談者の言葉をそのまま本人へぶつけないことです。個人間の対立にせず、会社として職場環境を整える課題に置き換えます。
実務上の注意
相談者を守ることは、相手を一方的に悪者にすることではありません。席替えや在宅勤務を提案するときも、相談者だけを遠ざける形にすると、「言った人が移動させられた」と受け止められる場合があります。可能であれば、換気や席の運用、香りに関する全体ルールを先に整えます。また、化学物質過敏症など健康面の事情が疑われる場合は、会社だけで判断せず、本人の同意を得ながら専門家へつなぐことも検討します。相談者には、すぐに完全解決できない場合でも、会社が何を確認し、いつ再度連絡するのかを伝えることが信頼につながります。相談者の勤務継続に不安がある場合は、短期的な負担軽減策も併せて検討します。
また、相談者への説明では、会社が相手をすぐ処分できるかどうかではなく、働きやすさを戻すために何を試すかを共有します。たとえば、席の距離を変える、会議室を広い部屋にする、社用車の同乗時間を短くする、香りに関する全体周知を出すなど、小さな調整を積み上げます。結果を確認する日を決めておくと、相談者は放置されていないと感じやすくなります。
行為者とされる人への精神的フォロー
スメルハラスメント対応で見落とされやすいのが、行為者とされる人の精神的な負担です。においは本人の存在そのものと結びついて受け取られやすく、指摘の仕方を誤ると深い羞恥感や孤立感につながります。被害を訴える人を守りながら、本人の心を壊さない支援が必要です。

本人が追い詰められる例
体臭を指摘された社員が、それ以降、人と近い距離で話せなくなることがあります。エレベーターを避け、昼休みを一人で取り、会議では端の席を選ぶ。朝は何度もシャワーを浴び、衣類を過剰に洗い、制汗剤を重ね、皮膚が荒れてもやめられない。周囲が少し鼻を触るだけで、自分のことだと思ってしまう。こうなると、職場のにおい問題は、本人のメンタルヘルス問題にも広がります。会社が「苦情があるのだから努力してください」と繰り返すだけでは、本人は努力の限界を越えてしまいます。
フォロー面談の言葉の型
本人へのフォローでは、「今回の相談は、あなたの人格を否定するものではありません」「会社として、職場で起きている困りごとと、あなたが無理なくできる対応を分けて考えます」「すでにしている対策、これ以上は負担が大きい対策、会社側で調整できることを一緒に確認しましょう」と伝えます。香水や柔軟剤であれば使用量や製品の見直しを相談できます。体臭であれば、衣類、勤務環境、席、換気、休憩場所、体調相談など、本人だけに負担を寄せない選択肢を出します。本人が泣いたり強く反発したりしても、恥の感情が背景にあることを理解して、面談を急がない姿勢が大切です。
記録と相談のポイント
記録には、本人へ伝えた内容、本人の受け止め、すでに行っている対策、会社が約束した調整、次回確認日を残します。本人が強い不安、不眠、食欲低下、出社困難を訴える場合は、産業保健スタッフ、医療機関、外部相談窓口、必要に応じて専門家への相談を提案します。ここで大切なのは、精神的フォローを「甘やかし」と見ないことです。本人が追い詰められれば、業務にも人間関係にも別の問題が出ます。周囲の困りごとと本人の苦痛を同時に扱う方が、結果的に職場全体を守ります。
実務上の注意
行為者とされる人へのフォローでは、秘密保持にも注意が必要です。誰から相談が出たのかを本人が探し始めると、相談者が守られません。一方で、本人に何も説明しないまま距離だけ取らせると、本人は職場全体から拒絶されたと感じます。会社は、伝える範囲を整理し、「個人名を伝える面談ではありません。職場環境として確認している内容をお伝えします」と説明します。また、達成できない目標を置かないことも重要です。「今後一切においを出さないでください」という言い方ではなく、「香りのある製品は控える」「席と換気を調整する」「体調相談の機会を作る」「周囲からの直接指摘は窓口に集約する」と、実行可能な行動に分けます。
本人への支援では、家族や同僚にまで原因探しを広げない配慮も必要です。においの話題は私生活に入り込みやすく、食事、洗濯、入浴、病気、年齢など、非常に個人的な情報へつながります。会社が確認するのは、職場で必要な範囲の事実と調整です。必要以上に生活を問いただすと、本人は管理されているように感じ、相談者への怒りや職場への不信を強めることがあります。
フォロー面談は一回で終わらせないことも大切です。初回は本人が動揺して、会社の説明を十分に受け止められないことがあります。数日後に短い確認の場を持ち、眠れているか、過度な対策に走っていないか、周囲から直接言われていないかを確認します。本人の状態を見ながら、必要であれば業務量や対人接触を一時的に調整します。
話し合える職場文化とルールづくり
スメルハラスメントを防ぐには、個別の苦情対応だけでなく、職場全体で話し合える雰囲気を作ることが欠かせません。においの問題は誰にでも起こり得るため、相談した人、指摘された人、周囲の人がそれぞれ安心して話せる仕組みが必要です。ルールは人を縛るためではなく、傷つけ合わずに調整するために作ります。

職場全体で整える例
会社としては、身だしなみ規程や衛生管理の中に、強い香りへの配慮を入れることができます。たとえば、香水や柔軟剤は控えめにする、密閉空間や社用車では香りの強い製品を避ける、休憩室や更衣室の換気を確認する、においに関する相談は本人への直接指摘ではなく窓口へつなぐ、という形です。新入社員研修や管理職研修で、においの話題をハラスメント予防の一部として扱うことも有効です。全体で扱えば、特定の人を狙った注意に見えにくくなります。
周知と面談の言葉の型
周知文では、「においは個人差が大きく、本人に悪意がなくても周囲の体調や業務に影響することがあります。当社では、香りの強い製品の使用を控え、困りごとがある場合は直接の指摘ではなく相談窓口に連絡してください」といった表現が使えます。管理職向けには、「被害を訴える人には、つらさを軽く扱わず、具体的な影響を確認する」「行為者とされる人には、人格否定ではなく職場環境の調整として伝える」「双方に、次に何を確認するかを説明する」という型を共有します。言葉が統一されると、現場の不安が下がります。
記録と相談体制の作り方
相談体制では、相談受付票、本人面談メモ、環境調整メモ、フォロー日程を分けて管理します。受付票には、場所、時間帯、頻度、体調や業務への影響、相談者の希望を記録します。本人面談メモには、伝えた内容、本人の受け止め、すでに行っている対策、会社が行う調整を残します。環境調整メモには、換気、席、備品、勤務場所、全体周知の内容を記録します。中小企業では相談担当者が限られるため、必要に応じて社会保険労務士、弁護士、産業保健スタッフ、外部相談窓口と連携します。社内で抱え込みすぎないことが、双方を守る近道です。
実務上の注意と次の一歩
ルールづくりで注意したいのは、職場を監視の場にしないことです。においのチェックを過度に行ったり、周囲が本人を評価する空気を作ったりすると、かえって心理的安全性が下がります。目指すのは、誰かを探し出して責める職場ではなく、困りごとを早めに言葉にし、現実的な調整を一緒に考える職場です。相談者には我慢だけを求めない。行為者とされる人には不可能な改善を迫らない。周囲には噂話ではなく窓口につなぐ行動を求める。この三つがそろうと、スメルハラスメント対応は対立から対話へ変わります。
社内ルールを作るときは、完璧な文章を最初から目指すより、運用しながら見直す前提にした方が続きます。相談件数、季節、部署、勤務形態によって困りごとは変わります。年に一度、相談窓口の記録を個人が特定されない形で振り返り、周知文、研修、備品、換気、座席運用を改善します。こうした小さな見直しが、話し合える職場文化を保ちます。
スメルハラスメントは、被害者だけの問題でも、加害者だけの問題でもありません。香水や柔軟剤のように見直しやすいもの、体臭のように本人の努力だけでは難しいもの、それぞれに合った対応があります。Sakura Jinzai Consultingでは、ハラスメント防止研修、管理職研修、相談窓口づくり、個別相談を通じて、職場の困りごとを責め合いにせず、話し合える仕組みに変える支援を行っています。まずは、社内でにおいの相談が出たときの受付方法、本人への伝え方、記録の残し方を確認するところから始めてください。
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