
パワハラ行為者への研修は難しい
パワハラに関するご相談の中で、ときどき、行為者本人に研修を受けさせて、もうハラスメントをしないようにしてほしいというご依頼があります。背景を伺うと、その方は社内で以前から問題になっており、上司、人事、役員が何度注意しても理解が進まず、部下の離職や休職、相談窓口への通報をきっかけに、会社として何とかしたいと考えていることが少なくありません。研修そのものが無意味ということではありません。一般的な管理職研修やハラスメント防止研修は、職場の共通認識をそろえ、グレーゾーンの言動に気づき、相談を受けたときの対応を学ぶうえで大切です。しかし、すでに繰り返し問題行動があり、周囲が何度説明しても前提を共有できない方に対して、研修だけで変化を期待することは現実的に難しい場合があります。
たとえば、多くの人は盗みをしてはいけないという前提を共有しています。その前提があるからこそ、盗みをしたら叱る、規則を確認する、再発防止を約束するという対応が通じます。ところが、盗んで何が悪いのかというところから認識が違う場合、通常の注意や研修は入り口で止まってしまいます。パワハラでも同じように、本人が指導と人格否定を区別できない、相手の苦痛を業務上当然の負荷として片づける、会社のルールを自分には当てはまらないと考える場合には、知識提供だけでは足りません。本人を責めるためではなく、被害を広げず、職場の安全を守り、会社の説明責任を果たすために、研修以外の選択肢を持つことが必要です。
このような理由から、当社では、常習的なパワハラ行為者本人を個別研修だけで変えるという趣旨のサービスは行っていません。代わりに、組織として何を確認し、誰を守り、どのような配置や権限設計を行うかを一緒に整理することを重視しています。個別事案では法的評価や就業規則の運用も関わるため、必要に応じて弁護士、社会保険労務士、産業保健スタッフなどに確認しながら進めることが望まれます。本稿では、パワハラ行為者への研修が難しくなる理由と、企業が取り得る現実的な対応を、実務の順番に沿って整理します。
なお、この記事は個別の法的結論を示すものではありません。パワハラに該当するかどうかは、言動の内容、業務上の必要性、頻度、関係性、会社の対応、就業規則などによって評価が変わります。だからこそ、企業の初動では、行為者をどう変えるかだけでなく、相談者を孤立させないこと、周囲の従業員が同じ不安を抱え続けないこと、管理職が感情的に動かないことを同時に整える必要があります。最初の一歩は、研修依頼を出す前に、会社として今すぐ止めたい行動と、配置や権限で減らせる接点を紙に書き出すことです。
依頼の目的を、本人を変えることだけに置くと、成果が見えにくくなります。目的を、相談者の安全確保、同じ言動の停止、管理職基準の統一、会社の記録整備に置き換えると、外部研修を使う場面と、配置や手続きで対応する場面を分けやすくなります。社内で判断が割れるときも、この目的を書面で確認しておくと、場当たり的な対応を避けやすくなります。
研修だけで変える発想が難しい理由
行為者本人への研修が難しくなるのは、知識が足りないからだけではありません。職場で共有すべき前提、つまり相手の尊厳を傷つけないこと、業務上必要な指導でも方法を選ぶこと、地位や権限を使って相手を追い詰めないことについて、本人の受け止めが大きくずれている場合があります。
この段階で大切なのは、研修を受けさせるかどうかを最初に決めることではなく、本人に何を伝えても届かなかったのか、どの場面で認識のずれが出ているのかを整理することです。そこを見ないまま外部研修に渡すと、会社が本来行うべき指示や措置を研修に肩代わりさせる形になりやすくなります。

前提が共有されていないと説明は届きにくい
通常のハラスメント研修は、参加者が少なくとも、職場では相手を尊重する必要がある、会社のルールは守る必要がある、指導には限度があるという前提を持っていることを想定しています。そのため、具体例を見せる、チェックリストで振り返る、望ましい言い換えを練習するという方法が機能します。ところが、本人が、成果が出ない部下には強い言葉を使って当然だ、泣くほうが弱い、会社は自分の実績で成り立っていると考えている場合、研修内容を自分に向けられた基準として受け取らないことがあります。
営業部の責任者が、会議で部下の数字を読み上げ、なぜそんな簡単なこともできないのか、向いていないなら辞めたほうがよいと繰り返していた例を考えます。人事が注意しても、本人は厳しいことを言わないと育たない、昔はもっと厳しかった、退職した人は覚悟がなかったと説明します。この状態で、一般的なパワハラ研修を受けても、本人は自分の行動を変えるより、最近の若手は扱いにくいという理解で終えてしまう可能性があります。
会社が使う言葉を変える
このような場合、本人を説得しようとして、あなたの言い方はひどい、もっと優しくしてくださいと伝えるだけでは不十分です。会社としては、指導の目的は業務改善であり、人格否定、退職示唆、公開の場での侮辱、長時間の叱責は認めない、という行動基準を短く明確に伝える必要があります。言い方の例としては、あなたがどう感じるかにかかわらず、当社では部下の能力や人格を否定する発言を指導方法として認めません、今後は事実、期待する行動、期限、支援内容に分けて伝えてください、といった表現が考えられます。
記録面では、いつ、どこで、誰に対して、どのような発言や行動があり、周囲や本人にどのような影響が出たのかを、感情的な評価語ではなく具体的な事実で残します。相談が複数ある場合も、誰が悪いかを即断するのではなく、同じような場面が繰り返されているか、会社が注意した後に変化があったかを追える形にします。実務上の注意点は、本人の性格や精神面を会社が断定しないことです。特性や体調の影響が疑われる場合でも、会社が扱うべき中心は、職場で許容される行動基準と安全配慮の範囲です。
研修を検討する場合も、対象を本人だけに限定しないほうがよいことがあります。周囲の管理職が同じ基準を知らないままでは、本人の言動を見逃したり、相談を受けても動けなかったりします。個人研修より先に、会社が管理職全体へ示す共通ルールを作り、本人にはそのルールを職務上の指示として伝えるほうが、対応の筋道が通ります。
まず事実と影響を分けて整理する
常習的な行為者への対応では、会社側の焦りが強くなります。早く研修を受けさせたい、本人に反省させたい、通報される前に形を作りたいという気持ちは理解できますが、最初に必要なのは事実確認と影響の整理です。
事実と影響を分けると、会社が本人に何を指示すべきか、被害を受けた可能性のある従業員にどのような配慮をすべきか、専門家に何を相談すべきかが見えやすくなります。研修の要否も、この整理の後で判断したほうがぶれにくくなります。

事実確認は勝ち負けを決める場ではない
相談者から、部長に毎日怒鳴られている、個室で長時間詰められる、他の社員の前で失敗を笑われるという話が出たとします。一方で行為者とされる本人は、仕事の遅れを指摘しただけ、相手が大げさに受け取っている、管理職として当然の対応だと話すかもしれません。このとき、会社が最初からパワハラ確定という言い方をすることも、逆に問題なしと片づけることも避ける必要があります。重要なのは、具体的な日時、場所、発言、同席者、メールやチャット、業務指示の内容、相談後の体調や勤務への影響を丁寧に集めることです。
職場例として、複数の若手社員が同じ管理職について相談しているものの、直接の録音はなく、チャットには厳しい表現と通常の業務指示が混在しているケースがあります。この場合、ひとつの発言だけで判断しようとすると議論が感情的になります。週次会議での公開叱責、深夜の長文メッセージ、休日の返信要求、退職をにおわせる発言など、同じ方向の行動が続いているかを時系列で並べると、会社が防止措置を検討する根拠が見えます。
本人への伝え方は事実ベースにする
本人に話を聞くときは、あなたはパワハラをしていますと決めつけるより、何月何日の会議で、部下に対してこの表現を使ったという相談があります、会社として事実関係と職場への影響を確認しています、認識している経緯を説明してください、という入り方が実務的です。注意や指導に進む場合も、あなたの意図がどうであれ、周囲の前で退職を示唆する発言は当社の管理職行動として認められません、次回以降は個別面談で業務事実と改善期限に限定してください、と具体化します。
記録としては、相談受付票、ヒアリングメモ、本人への説明内容、会社の判断プロセス、暫定措置、再発防止策を分けて残します。人事だけで抱え込まず、必要に応じて法務、顧問弁護士、社会保険労務士、産業医、外部相談窓口に相談できる導線を用意します。
初動の相談窓口では、相談者が望む解決だけを聞くのではなく、緊急度、接触の頻度、報復不安、勤務継続の可否を確認します。行為者本人への連絡を急ぎすぎると、相談者が特定される可能性があるため、先に席替え、面談同席、業務連絡の一本化など、本人に理由を詳しく伝えなくても実施できる暫定措置を検討します。会社としては、調査中であっても安全確保は行う、ただし調査結果を待たずに断定的な説明はしない、という二つを同時に守ることが実務上の要点です。
注意点は、記録を懲戒のためだけに作るのではなく、職場の安全確保と説明責任のために作ることです。相談者の情報管理を誤ると、二次被害や報復不安につながるため、共有範囲は最小限にし、誰に何を伝えたかも残しておきます。
配置と権限を見直して接点を減らす
何度注意しても変わらない行為者に対しては、研修で内面の理解を促すより、問題が起きる接点を減らすほうが有効な場合があります。特に、部下を評価する権限、叱責しやすい密室の面談、若手だけが依存する承認ルートがあると、同じ構造で問題が繰り返されやすくなります。
配置転換、部下のいない部署への異動、評価権限の分離、面談同席者の設定などは、本人への制裁というより、職場のリスクを下げるための組織設計です。もちろん就業規則、雇用契約、職務内容、労務上の妥当性を確認しながら進める必要があります。

部下を持たせない選択肢を検討する
たとえば、専門性が高く売上貢献も大きい管理職が、部下に対してだけ攻撃的になるケースがあります。会社は、実績があるから外せない、本人が辞めると困ると考えがちですが、そのまま部下を持たせ続ければ、次の離職や相談につながる可能性があります。このような場合、専門職としての役割に寄せる、プロジェクト単位の技術支援にする、顧客対応や企画業務に移す、評価面談や日常指導を別の管理職に担わせるなど、権限の置き方を変える選択肢があります。
職場例として、開発部門のマネージャーがコードレビューで人格否定に近い発言を繰り返し、若手がレビュー依頼を避けるようになったケースを考えます。本人は品質を守っているだけだと主張しますが、結果として相談が増え、納期にも影響が出ています。この場合、本人に研修を受けさせるだけでは、レビューの場面が残る限り再発リスクが続きます。レビュー権限を複数人制にする、コメントルールを定める、本人は設計助言に限定する、若手の一次レビューは別担当にするなど、接点を設計し直すことが現実的です。
伝え方は役割変更として整理する
配置や権限を変えるときの言い方は、あなたを罰するためですと感情的に伝えるより、会社として職場運営上のリスクを下げるため、当面、部下の評価と単独面談を外します、専門性はこの業務で発揮してください、今後の役割と期待行動は文書で確認します、という形が望まれます。本人が反発する可能性もあるため、事前に根拠、対象期間、見直し条件、処遇への影響、相談窓口を整理しておきます。
記録面では、配置転換や権限変更の目的を、過去の相談内容、会社の注意履歴、職場への影響、再発防止上の必要性と結びつけて残します。相談者に対しては、詳細な処遇情報を共有しすぎず、接点を減らす措置を取ること、報復的な言動があればすぐ相談してほしいことを伝えます。注意点は、配置転換が見せしめや退職勧奨に見えないようにすることです。本人にも職場にも、業務上の必要性に基づく措置として説明できる準備が必要です。
また、接点を減らす措置は一度決めたら終わりではありません。三か月、六か月など確認時期を置き、相談件数、面談の実施状況、本人の発言変化、周囲の負担を見直します。本人が新しい役割で安定しているなら範囲を調整する余地がありますが、同じ言動が別の相手に向かっているなら、追加措置や処遇上の検討が必要になることもあります。ここでも、会社は本人の人格ではなく、職務上の行動と職場への影響を基準にします。
本人対応は説得ではなく行動基準で行う
行為者本人への対応で消耗しやすいのは、本人に心から理解してもらおうとしすぎる場面です。もちろん内省が進むことは望ましいですが、会社の実務では、本人の納得を待つだけでは職場を守れません。
会社が求めるべきことは、まず職場で許容される行動に合わせることです。本人の価値観や感情を変えることまでは会社が強制しにくい一方で、業務上の発言方法、面談時間、連絡手段、評価の手続き、部下との距離については具体的な指示ができます。

行動基準は観察できる言葉にする
本人に、反省してください、相手の気持ちを考えてください、パワハラをしないでくださいと伝えても、行動に落ちないことがあります。そこで、観察できる基準に変換します。たとえば、叱責は一回十五分以内にし、会議室で一対一にせず必要に応じて同席者を置く、人格や能力全体を否定する言葉を使わない、改善点は三点以内に絞る、チャットでは深夜や休日の返信を求めない、退職や降格を示唆する発言は人事を通す、というように具体化します。
職場例として、課長が部下のミスを見つけるたびに長時間呼び出し、同じ話を繰り返すため、部下が報告を遅らせるようになったケースがあります。課長は丁寧に教えているつもりでも、相手は追い詰められ、ミスの早期共有ができなくなっています。この場合の伝え方は、熱意は理解しますが、長時間の反復叱責は業務改善につながっていません、今後は事実、原因、次の行動を十五分で確認し、追加指導が必要な場合は人事または上長に相談してください、という形が実務的です。
改善機会と処遇手続きを混ぜない
本人に改善を求める場合、改善機会を与えることと、必要な処遇手続きを検討することを分けて整理します。改善計画書を作るなら、対象行動、禁止行動、期待行動、確認期間、面談頻度、評価者、未改善時の対応を明示します。口頭注意で終わらせず、本人に説明した内容と本人の発言を記録します。本人が、そんなつもりはない、相手が弱い、会社は自分を守るべきだと繰り返す場合でも、会社の基準は変わらないことを一貫して伝えます。
精神的な不調や発達特性などが関係している可能性を感じる場面もあります。ただし、会社が診断めいた判断をしたり、特性だから仕方がない、または特性があるから危険だと決めつけたりすることは避けるべきです。必要に応じて産業医面談、外部相談、合理的配慮の検討につなげることはありますが、同時に、他の従業員の安全や尊厳を守る責任も残ります。実務上の注意点は、本人への配慮と周囲への安全配慮を対立させないことです。個別事情を踏まえつつ、職場で求める行動基準は文書で確認し、労務上の判断は専門家に相談しながら進めます。
面談の進め方にも注意が必要です。本人が強く反論することが予想される場合は、人事と上長の二名体制にし、事前に伝える項目を紙面でそろえます。面談では過去の評価や人格論に広げず、対象行動、会社基準、今後の期待、確認方法だけに戻します。本人がその場で同意しなくても、説明した事実と指示内容を記録し、後日文書で確認することで、会社の対応を一貫させやすくなります。
組織全体の再発防止で職場を守る
常習的な行為者への対応は、その人だけを見ていても完結しません。周囲が見て見ぬふりをしていた、相談しても変わらなかった、成績がよい人には誰も注意できなかったという構造があると、同じ問題は別の形で残ります。
そのため、個別対応と並行して、管理職の行動基準、相談窓口、記録方法、配置判断、研修の目的を組織全体で見直すことが重要です。本人研修に期待しすぎず、会社の仕組みとして再発防止を支える発想が必要です。

相談しやすさと報復防止を具体化する
相談窓口があっても、相談したことが本人に伝わるのではないか、評価を下げられるのではないか、どうせ会社は動かないのではないかと思われていると、問題は表に出ません。会社は、相談を受けた後の流れ、情報共有の範囲、暫定的な接点調整、報復的言動への対応を、従業員が理解できる言葉で整えておく必要があります。相談者に対しては、話してくれてありがとうございます、確認できる範囲から整理します、あなたの了承なく広く共有することはしません、緊急の接点調整が必要か確認します、という初期対応が考えられます。
職場例として、以前に相談した社員が、その後に担当業務を外され、周囲から扱いにくい人という目で見られたと感じている場合があります。会社にその意図がなかったとしても、本人には報復のように受け止められます。こうした経験が残ると、次の相談者は声を上げにくくなります。相談後の業務変更や評価については、理由、必要性、本人への説明を記録し、不利益な扱いと受け止められないように配慮します。
管理職研修は個人矯正ではなく共通基準づくりに使う
研修を使うなら、問題行為者を一人だけ直す場としてではなく、管理職全体の共通基準をそろえる場として設計するほうが効果的です。具体的には、指導と人格否定の違い、注意の場所と時間、業務指示の記録、相談を受けたときの一次対応、部下を追い詰めないフィードバック、成果と心理的安全性の両立を扱います。言い換えの型として、なぜできないのかではなく、何が障害になっているか確認します、普通は分かるでしょうではなく、期待する水準を具体的に伝えます、辞めたほうがよいではなく、改善が必要な行動と期限を確認します、という形を練習します。
記録と相談のポイントは、研修後に現場で何を変えたかを追うことです。参加履歴だけでは再発防止策として弱く、面談記録の様式、相談窓口への連携、管理職同士の確認会議、定期的なパルスサーベイなどと組み合わせて、行動変化を確認します。注意点は、研修を実施したから会社の責任は終わり、と考えないことです。研修は入口であり、配置、権限、相談体制、専門家への相談、就業規則に沿った手続きと組み合わせて初めて機能します。
パワハラ行為者への研修は、できる場合もありますが、常習化し、会社の注意が届かず、職場への影響が大きいケースでは非常に難しい対応になります。無理に本人の内面を変えようとして時間を使うより、まず事実を整理し、接点を減らし、行動基準を文書化し、相談者と周囲を守る仕組みを整えることが大切です。 Sakura Jinzai Consulting では、ハラスメント防止研修、管理職研修、相談体制づくり、個別事案の整理に関するご相談を承っています。自社だけで抱え込まず、早い段階で実務の進め方を確認してください。
さくら人材コンサルティングの研修サービスはコチラです!
さくら人材コンサルティング研修サービスコンテンツ
さくら人材コンサルティング株式会社
東京都港区浜松町2-2-15 ダイヤビル2F
営業時間:平日9時~18時
電話番号:03-6868-3248


